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大谷嘉兵衛生誕地と胸像

大谷嘉兵衛生誕地にある胸像を見に行ってきました。

茶業界の方なら誰でも知っている歴史上の人物です。

場所は三重県松阪市飯高町宮本 国道166号線沿いに
案内板があります。

大谷嘉兵衛
大谷嘉兵衛
大谷嘉兵衛
大谷嘉兵衛

大谷嘉兵衛胸像と説明

大谷嘉兵衛
大谷嘉兵衛

以下 松阪観光協会より抜粋

伊勢茶の基礎をつくった実業家
1844年(弘化元年)12月22日生まれ。

19歳で横浜の茶商小倉藤兵衛へ奉公したのち、居留地のスミス・ベーカー商会の製茶買い入れ方として雇われ、海外との取引責任者となりました。

明治5年(1872)には、粗製の防止と品質の改良のため、製茶改良会社を設立し、輸出製茶の品質向上に尽くし、同17年(1884)、農商務省を説いて全国の茶産地に茶業組合を設立、また全国組合として中央茶業本部を創設しました。

明治31年(1898)アメリカは日本茶に対し、輸出茶の原価に相当するほどの厳しい関税を課してきました。

そこで翌年(1899)、全国茶業者大会において茶関税に対する対策を協議し、嘉兵衛は撤廃運動のために渡米を決意し、アメリカ・フィラデルフィアでの「万国商業大会」に日本代表として参列し、関税の廃止を主張し続けました。そして、アメリカの財務長官や農務長官を訪問し茶関税撤廃に努力し続けた結果、大統領ウィリアム・マッキンリーとの会見を許されることとなり、明治36年(1903)ついに関税が撤廃され、日本茶の輸出は活気を呈することになりました。